城下のMACHIBITOとは

 

 

時は、「100年前(1919/大正8年)」。
大正バブルと言われた好景気を迎えた日本。
-モダンガール、ハイカラ、大正デモクラシー、大正浪漫 –
西洋文化が浸透し、政治・経済・文化が大きく変動した時代。 
当時の大洲は、海外に輸出するほど名声を誇った「伊予生糸」の産地として蚕糸業が隆盛期を迎えていました。かつての城下町は再び繁栄を極め、「まちびと」たちは大正浪漫を謳歌しました。

そして現代。大洲の繁栄の歴史を持つ城下町大洲市肱南地区。
戦火を免れ、古民家などが多く残るこの地域では、空き家や除却が進み、その景観や魅力が失われつつあります。
「城下のMACHIBITO」では、「まちの人」たちの「暮らし」や「想い」が、長い時間に渡ってこの地で受け継がれてきたこの町に、上質かつこだわりの商品や作品を手に「まちびと」たちが集まり、町家の土間や軒先、通りを演出します。
古民家のレストランや、町の土間に並ぶ美しい陶器。青い傘下に広がる色とりどりの洋服たち。瓦屋根の軒先には採れたての野菜が並び、楽しそうなひとびとの話し声が行き交います。町はかつての賑わいを取り戻し、当時の雰囲気が漂う美しい町並みには音楽が流れ、レトロな装いの人やモノで溢れます。そのような特別な場所を演出することで、住民、来場者、出店者、主催者全員が「まちびと」となり、全ての方に楽しんでいただけるイベントを目指します。

 


 

-日 時-

令和元年11月16日(土)-17日(日)

午前10時から午後4時まで

 

-場 所-

愛媛県大洲市肱南地区

 

PR movie -Full-

https://www.youtube.com/watch?v=d3FU5wxLuKE

 

 

 

PR movie -Short-

https://www.youtube.com/watch?v=RujIsa0w-dc

 

 

 

 

 

大洲市について

 大洲市は、愛媛県の西部にあり、中央部を清流肱川が流れている、自然豊かで風光明媚なまちです。

 江戸初期まで「大津」と記され、大きな川港を意味していることから、川を利用した水運の拠点であったことを物語っています。その肱川の南側を意味する肱南(こうなん)地区は、江戸時代に伊予大洲藩6万石の城下町として栄えた地域で、江戸期の町割りにおいて形成され、特に肱川の水運の拠点として栄えた明治・大正・昭和初期の景観を残す地域です。

 また、肱南地区には、大洲城、臥龍山荘、おおず赤煉瓦館、ポコペン横丁など江戸から昭和にかけてそれぞれの時代を象徴する建物が存在しています。町並みは、明治から大正期に隆盛した木蝋業、製糸業の商家跡、水運や街道の交通要衝地であったことによる商店、職工店、旅館、医院、土蔵などが軒を連ねており、戦火を免れたことから今も当時の雰囲気を感じることができます。

   

 

町家について

 肱南地区には、約100軒の古民家が存在しており、そのひとつひとつが歴史を刻み、町並みとして残っています。しかし、少子高齢化、後継ぎ不足、現代の暮らしに合わないなどのことから、空き家化が急速に進行しています。また、相続などにより、所有者が遠方に居住するなど、日常の維持管理が困難であり、かつ修繕などの費用負担も大きいことから、壊してしまうのが現状です。そのようなことから、歴史情緒ある景観が徐々に失われつつあります。
 一方で、全国的にはその古民家ならではの価値を見出し、クラフトショップや工房、宿などにリノベーションして活用するニーズは年々高まっています。

 そのような中、城下のMACHIBITOでは、賑わいのあった状態を再び再現するとともに、古民家での試験的販売を通して空き家活用を促進することを目的としております。行政や地域の団体などと連携し、各種支援を絡めながら、所有者と事業者のマッチングを図っています。

-活用事例

①2018.12-「花の日々」(ドライフラワー)

②2019.5-「はたご屋 霧中」(ゲストハウス・シェアカフェ)

 

 

問い合わせ先

城下のMACHIBITO実行委員会〔事務局〕
〒795-8601 愛媛県大洲市大洲690番地の1
大洲市役所商工観光部観光まちづくり課
担当まちづくり係 久世(くせ)
TEL 0893-24-1717 / FAX 0893-24-1350
MAIL shiroshita@ozu-machibito.com

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